ケーキを、同じ大きさの二つに分けたい。まっすぐ包丁を入れるのと、魔法の包丁でくねくね切るのとでは、どちらの切り口が小さくなるだろう。
KLS予想は、「条件を満たす図形なら、いちばんよい平らな切り方は、どんな切り方と比べても一定の倍率以内に収まる」という数学の問題だ。しかも、その倍率は次元が増えても大きくしなくてよい。1995年に提唱され、2026年10月に証明が発表された。名前は今も「予想」だが、この記事では証明された命題として紹介する。証明論文とMicrosoft Researchの発表をもとに、まずは図で考えてみよう。
まずは小学生向け:小さくしたいのは「切り口」
ここでのルールは、ケーキを半分ずつに分けて、二つのかけらの境目をできるだけ小さくすること。切る前の表面や、お皿に接している底の面積は数えない。
紙に描いた四角形なら、境目は線なので「長さ」を比べる。立体のケーキなら、境目は面なので「面積」を比べる。クリームの量も味も均一だと思ってほしい。
紙の上では、線の長さ
青い線が短いほど、よい切り方。
立体では、面の広さ
青い面が小さいほど、よい切り方。
まずは正方形を、左と右の同じ面積に分けてみよう。下のつまみを動かすと、境目がまっすぐな線から、くねくねした線に変わる。
やってみよう:どちらも半分、切り口は?
0でまっすぐ。右へ動かすと、境目が大きく曲がります。
切り口の長さ:1.00 / まっすぐの 1.00 倍
左も右も50%のまま。表示する長さは、曲線を細かい線分に分けて求めた近似値です。
立体のケーキでも比べよう
青い面が切り口。上の「くねくね度」と連動します。左と右の体積はどちらも半分で、切り口の面積は、まっすぐな面の 1.00 倍です。
くねくねさせても半分ずつなのは、上半分で左側が増えた分だけ、下半分で左側が減る形にしているからだ。右側も同じように、増えた分と減った分が打ち消し合う。
この正方形では、真ん中をまっすぐ切ると境目の長さは1になる。くねくねさせると、遠回りするぶん長くなる。立体図は、この正方形を奥へそのまま伸ばしたものだ。だから、線の長さが増える割合と、面積が増える割合が同じになる。
この実験だけでKLS予想を証明できるわけではない。ここでは一つの正方形と、決まった種類の曲線を比べただけだ。別の形では、曲がった切り方が平らな切り方より有利になることもある。KLSが問うたのは、条件を満たすすべての図形で、その有利さに共通の限界があるか、ということだ。Lee・Vempalaによる解説の1.1節でも、この違いが説明されている。
中学生向け:「一定の倍率以内」ってどういうこと?
同じ図形について、「平らな面だけで切るときの最小の切り口」をA、「どんな形で切ってもよいときの最小の切り口」をBと呼ぼう。どちらも半分ずつに分けるものとする。
自由な切り方には平らな切り方も含まれるから、BはAより大きくならない。KLSの考えを、半分に切るたとえで表すと、次のようになる。
Cは、何倍までを認めるかを表す数だ。たとえばCが10なら、自由な切り方の最小値が2のとき、平らな切り方でも20以下にできる、という意味になる。10は説明用に置いた数で、証明で得られた定数を示しているわけではない。
ここで必要なのは、「ある図形では3倍、別の図形では100倍」と、そのつど上限を選び直すことではない。対象となるすべての図形と、すべての次元に共通する、有限のCがあるという保証だ。正確な定式化では半分以外の分け方も扱うので、後半で補足する。
対象は、へこみのない図形
どんな形でもよいわけではない。まず考えるのは凸体(とつたい)という、へこみのない、中身の詰まった図形だ。
見分け方は、「図形の中のどの二点を結んでも、その線分が全部、図形の中に収まるか」。丸や四角、球や立方体はこの条件を満たす。三日月やドーナツは満たさない。
へこみのない形:凸
どの二点を選んでも、結ぶ線分が全部、中に収まる。
へこんだ形:凸ではない
線分の一部が外へ出る二点が、一組でもあれば条件を満たさない。
くびれが極端に細いひょうたんのような形では、そこで切るだけで境目をとても小さくできる。凸体という条件は、そうした形を除いて考えるための大事な約束だ。ただし、凸体でも切り方を比べる問題は簡単にはならない。
いちばん難しかったのは「何次元でも」
直線の上の位置なら、必要な数は一つ。紙の上なら「横と縦」の二つ。部屋の中なら「横・縦・高さ」の三つ。このように、位置を表すのに必要な数の個数が次元だ。
数学では、位置を100個の数で表す100次元の空間も考える。たとえば、一つのデータに100種類の測定値があれば、100個の数の組として扱える。目で立体のように想像できなくても、式では計算できる。
2次元での平らな切り方は直線、3次元では平面。さらに高い次元では、それに当たるものを超平面と呼ぶ。
KLS予想の核心は、次元が10、100、100万と増えても、先ほどのCを大きくしなくてよいことだった。3D図をたくさん動かして確かめることと、すべての次元で成り立つと証明することには、大きな隔たりがある。
次元が増えても、上限は共通
一つの共通の上限 C
2次元
3次元
100次元
100万次元
高校生向け:半分以外の切り方も、どう比べる?
ここまでは「半分ずつ」で説明した。でも本来のKLS予想では、さまざまな割合に分ける切り方を比べる。
切り口だけを小さくしたければ、端のごく小さなかけらを切り落とせばよい場合がある。それを公平に比べるために、切り口の大きさを、小さい側の体積で割った値を使う。2次元なら「境目の長さ÷小さい側の面積」となる。
この値の最小値をh、平らな切り方に限った最小値をhflatと書くと、凸体に対する元の主張は、共通の定数Cを使って次のように表せる。
hはチーガー定数と呼ばれる。半分ずつという条件を固定した前の式は、考え方をつかむための説明で、この式では分ける割合も含めて最小値を探している。定義とKLSの主張は、Lee・Vempalaの解説を参照。
さらに研究では、どこも同じ密度の図形だけでなく、場所によって確率の密度が変わる場合も扱う。対象は対数凹(たいすうおう)分布という、密度の対数が凹関数になる分布だ。正規分布や、凸体の中から一様に点を選ぶ分布が含まれる。「山が一つある」だけより強い条件で、この条件を満たす分布について、次元に依存しない評価が証明されている。証明論文の導入と定理1.1で、この一般化が述べられている。
ケーキの話が、どうしてコンピューターにつながるの?
コンピューターには、複雑な領域の中から、偏りなくランダムに点を取り出したい場面がある。これがサンプリングだ。そのために、いまいる点から少し移動する操作を何度も繰り返す「ランダムウォーク」を使う方法がある。
もし領域の中に、とても通りにくい境目があれば、点は片側に長くとどまりやすい。図形を二つに分けるときの境目の小ささは、こうした移動のしにくさと結びつく。平らな切り方で、最も厳しい境目を一定の倍率以内で捉えられる、という保証が役立つのだ。
KLSは、この仕組みを通じて、ランダムな点の生成や体積の推定、最適化の理論に関わる。ただし、証明されたからすべての計算が次元に関係なく速くなる、という意味ではない。今回取り除かれたのは、KLSが扱う幾何学的な評価に残っていた次元への依存だ。背景はSong・Zhangの論文の導入に説明されている。
2026年に証明された。AIは何をした?
KLSの名前は、提唱したRavi Kannan、László Lovász、Miklós Simonovitsの頭文字に由来する。1995年から31年後の2026年10月、証明が発表された。
- 10月1日:Zhao SongとXinzhi Zhangが論文の初版を公開。この時点の評価には、まだ次元への依存が残っていた。
- 10月4日:Song・Zhangが、次元に依存しない上限を示す改訂版を公開。同日、Pierre Bizeul、Boaz Klartag、Joseph Lehecも、Song・Zhangの判定条件を重要な手がかりにした別の証明を公開した。
- 10月21日:Microsoft ResearchがKLS予想の解決と、研究過程でのAI活用を紹介した。
公開日と内容は、Song・Zhangの論文と改訂履歴、Bizeul・Klartag・Lehecの論文、Microsoft Researchの発表で確認できる。ここで確認したのは論文の公開と解決の発表であり、学術誌への査読付き掲載の完了を述べているわけではない。
Microsoft Researchによると、AIは候補となる方針を探したり、計算や導出、証明の内部チェックを手伝ったりした。研究者が数学的な方向を決め、有望な考えを選び、最終的な議論を組み立てて確認したという。人が研究の方向を決め、AIを探索や計算に活用した研究だ。
図を動かして「そうなりそうだ」と感じるところが、数学への入り口になる。KLSで証明されたのは、その感覚をはるかに越えて、条件を満たすすべての形とすべての次元で、平らな切り方のよさを一つの共通の上限で保証できるということだ。
出典と、もう少し読みたい人へ
情報は2026年10月29日時点。本文は命題の意味を説明するもので、証明そのものの再現ではない。
- Microsoft Research:Solving a 31-year-old grand challenge in mathematics – the KLS conjecture(2026年10月21日)。切り方の図解、証明の経緯、AI活用の説明。
- Zhao Song・Xinzhi Zhang:An O(1) Bound for the KLS Constant(初版2026年10月1日、改訂10月4日)。次元によらない上限を証明する論文。
- Pierre Bizeul・Boaz Klartag・Joseph Lehec:Presenting a proof of the Kannan-Lovasz-Simonovits conjecture(2026年10月4日)。別の証明と、対数凹分布に対する定理。
- Yin Tat Lee・Santosh S. Vempala:The Kannan-Lovász-Simonovits conjecture(Current Developments in Mathematics, 2017)。定義や応用を説明する専門家向けの解説。証明発表前の資料なので、当時は未解決として扱われている。