フェルマーの最終定理は、「3乗以上では、二つの正の整数のべき乗を足して、別の正の整数の同じべき乗にすることはできない」という定理だ。式は短いのに、証明は100ページを超える論文になった。
何をそんなに長く証明しているのだろう。
中心にあるのは、「もし反例があるなら、ある曲線が『モジュラーである』と『モジュラーではない』の両方を満たしてしまう。だから反例はない」という背理法だ。
この記事では、その矛盾がどこから来るのかを、順番にたどる。専門的な補題をすべて証明する代わりに、何を仮定し、どの定理を使い、何が結論できるのかを見ていこう。証明の中心となる主張は、ワイルズの原論文の序文と定理0.4・0.5で確認できる。
まず、何が「できない」のか
2乗なら、次の式は成り立つ。
左辺は \(9+16\)、右辺は \(25\)。直角三角形の辺の長さで見覚えがある人もいると思う。
フェルマーの最終定理は、これを3乗以上にすると事情が変わる、と述べる。
\(x,y,z\) がすべて正の整数なら、この式を満たす組は一つもない。 ここで「正の整数」は、1、2、3……のこと。0や小数は含めない。指数の \(n\) も整数だ。
たとえば、3乗で \(1^3+2^3=9\) を計算しても、9は整数の3乗ではない。しかし、この例だけでは何も決着しない。もっと大きな数なら、うまくいくかもしれないからだ。
調べる数の大きさにも、指数にも上限がない。コンピューターで大量に試して見つからなくても、その先まで含めた証明にはならない。そこで、どんな大きさの反例にも一度に通用する仕組みが必要になる。
証明の全体像を、一枚の図にする
背理法は、「主張が間違っている」と仮定して、その仮定から矛盾を導く方法だ。今回なら、「フェルマーの式を満たす正の整数がある」と仮定する。
すでに解かれていた場合を除き、指数を5以上の素数に絞ると、流れは次のようになる。この絞り方は、次の節で説明する。
flowchart TD
accTitle: フェルマーの最終定理の証明の流れ
accDescr: 指数が5以上の素数の反例を仮定し、そこから半安定なフライ曲線を作る。リベットの結果からはモジュラーではないとわかり、ワイルズの定理からはモジュラーであるとわかる。矛盾するため、最初の反例は存在しない。
A[反例があると仮定] --> B[半安定なフライ曲線を作る]
B -->|リベットの結果| C[モジュラーではない]
B -->|ワイルズの定理| D[モジュラーである]
C --> E[矛盾]
D --> E
E --> F[反例は存在しない]
図は、上から下へ読む。途中で二つに分かれた道が、同じ曲線について正反対の結論を出している。図が表示されない場合も、反例 → 曲線 → 二つの相容れない結論 → 反例を否定、という順番は同じだ。
ここから、「なぜ曲線が出てくるのか」「モジュラーとは何か」「ワイルズは何を証明したのか」を埋めていこう。
反例の三つの数から、曲線を作る
無限にある指数を、まず整理する
指数のすべてを、別々に調べる必要はない。4の場合と、奇数の素数の場合が否定できれば、全体が否定できる。
たとえば、6乗の反例があれば、
となり、3乗の反例もできる。15乗なら、それぞれを5乗した数を使って3乗の式にできる。
一般に、指数が奇数の素数 \(p\) で割り切れれば、\(p\) 乗の反例へ変換できる。奇数の素数で割り切れない指数は2の累乗で、3以上なら4で割り切れるので、4乗の反例へ変換できる。
4乗と3乗の場合は、ワイルズ以前に証明されていた。そこで、これ以降は「5以上の素数 \(p\) に対し、反例がある」と仮定すればよい。MITの講義ノート:指数の整理とフライ曲線
反例を、別の数学の対象へ移す
反例から共通の約数を除いたうえで、必要に応じて項を移し、符号や並べ方を整える。こうして得られた整数を \(a,b,c\) と書く。元の反例は正の整数の組だが、曲線の性質を調べるためのこの準備では、負の数も使う。式の関係は次のままだ。
この三つの数を材料に、次の形の曲線を考える。
この種の曲線をフライ曲線と呼ぶ。\(a,b,c,p\) は仮定した反例に由来する固定の数で、\(X,Y\) は曲線上の点を表す変数だ。大文字にしたのは、元の式の数と区別するため。
急に別の式になったが、狙いははっきりしている。整数の式についての問題を、曲線が持てる性質についての問題に移すのだ。反例が存在すれば、この曲線も作れてしまう。だから、こうした曲線の存在を否定できれば、元の反例も否定できる。
この構成は、エルグアーシュによる先行研究を背景に、ゲルハルト・フライがモジュラー形式との関係に着目し、セールとリベットの研究によって証明への道につながった。リベット自身による解説
「モジュラー」とは、曲線と関数の間に対応があること
ここが、いちばん見慣れない部分だと思う。まず二つの登場人物を分けよう。
| 登場人物 | 何を調べるものか |
|---|---|
| 楕円曲線 | ある種の3次方程式を満たす点と、その点どうしの計算 |
| モジュラー形式 | 特別な変換をしても、決まった規則に従う関数 |
楕円曲線は、方程式で表される
楕円曲線の例には、次のようなものがある。
名前に「楕円」とあるが、学校で習う細長い円とは違う。ここでは、3次方程式からできる、交差やとがりのない曲線だと考えればよい。数学では、点を足すための基準となる「無限遠点」も含めて扱う。
先ほどのフライ曲線も、右辺を展開すると \(X\) の3次式になる。しかも、右辺の三つの根は異なるので、楕円曲線として扱える。
モジュラー形式は、強い規則を持つ関数
モジュラー形式は、複素数を使った関数で、変数を特定の仕方で変えると、それに応じた決まった変化をする。平行移動についての周期性も、その規則の一部に入っている。
「繰り返し模様」にたとえると入口にはなる。ただし、実際の条件は普通の模様の繰り返しより厳しく、その条件こそが証明で大きな力を持つ。
では、方程式でできた曲線と、そんな関数がどうつながるのだろう。
曲線の点を数えた結果が、関数の係数に現れる
曲線の方程式は、「ある素数で割った余りだけを使う世界」でも調べられる。たとえば5で割った余りなら、使う数は0、1、2、3、4になる。その世界で、方程式を満たす点の数を数える。
一方、今回関係するモジュラー形式は、適切な変数 \(q\) を使うと、次のように係数の列として表せる。
曲線側で数えた点の情報が、関数側の係数に一致する。 そんな精密な対応があるとき、曲線を「モジュラーである」という。
もう少し具体的には、曲線を素数 \(\ell\) で割った余りの世界で調べ、その点の数を \(N_\ell\) とすると、曲線の形が壊れない素数について、対応する係数は次の関係を満たす。点の数には無限遠点も含める。
実際に、先ほどの \(Y^2=X^3-X\) を、5で割った余りで調べてみよう。たとえば \(4^2=16\) の余りは1なので、この世界では \(Y=4\) も \(Y^2=1\) を満たす。
| \(X\) | \(X^3-X\) を5で割った余り | 式を満たす \(Y\) |
|---|---|---|
| 0 | 0 | 0 |
| 1 | 0 | 0 |
| 2 | 1 | 1、4 |
| 3 | 4 | 2、3 |
| 4 | 0 | 0 |
表から数えられる点は7個。無限遠点を一つ加えて、\(N_5=8\) になる。だから、対応するモジュラー形式の \(q^5\) の係数は、\(a_5=5+1-8=-2\) となる。
このような関係が、一つの数だけで偶然に成り立つのではなく、該当するすべての素数で整合する。これが、二つの数学の間に架かる橋だ。リベットの解説:モジュラー形式と楕円曲線の対応
リベットが示したこと:反例の曲線は、モジュラーではありえない
ここで、反例から作ったフライ曲線に戻る。
フライが着目したのは、その曲線が非常に特殊な性質を持つことだった。セールが必要な主張を精密に定式化し、リベットがそれを証明した。
その成果を今回の問題に当てはめると、次のことがわかる。
フェルマーの式の反例から作った曲線がモジュラーなら、存在しないはずのモジュラー形式が必要になってしまう。
もう一段だけ中身をのぞくと、リベットの「レベル下げ」という結果を使って、曲線に付随する情報を、非常に小さいレベルのモジュラー形式へ移す。「レベル」は、この関数が満たす対称性の条件を指定する整数だ。
今回たどり着くのは、専門的には重さ2・レベル2の非零のカスプ形式というもの。しかし、その条件を満たすものは存在しない。「カスプ形式」の詳しい定義はここでは省くが、証明に必要な種類のモジュラー形式だと受け取ってほしい。リベットの原論文、ワイルズの原論文・定理0.5の直前
だから、そのフライ曲線はモジュラーではありえない。これが、図の片側の道だ。
ただし、この段階では、まだ反例そのものを否定できない。「モジュラーではない曲線も、世の中にはあるかもしれない」という可能性が残っているからだ。
ワイルズが示したこと:その曲線は、モジュラーである
そこで必要になったのが、楕円曲線とモジュラー形式の対応を保証する定理だった。
その背景には、「有理数上のすべての楕円曲線はモジュラーである」という谷山・志村予想があった。有理数とは、整数どうしの分数で表せる数のこと。「有理数上」は、方程式の係数をその数で書ける、という意味で使っている。
ワイルズがフェルマーの最終定理を証明するために確立したのは、そのうち次の主張だ。
有理数上の半安定な楕円曲線は、すべてモジュラーである。
「半安定」は、素数で割った余りの世界に移したとき、曲線がどのように形を崩すかについての条件だ。どの素数でも、うまく方程式を選べば、形を保つか、普通の交差点が一つできる程度の崩れ方に収まる。とがった点ができるような崩れ方は含めない。
そして、反例を約分し、符号や並べ方を適切に整えて作るフライ曲線は、この「半安定」という条件を満たす。MITの講義ノート:フライ曲線の半安定性
つまり、ワイルズの定理が、ちょうど必要な曲線をカバーしていた。ワイルズの原論文・定理0.4
ここで二つの道がぶつかる。
| 使う結果 | 同じフライ曲線についての結論 |
|---|---|
| リベットの結果 | モジュラーではない |
| ワイルズの定理 | モジュラーである |
同じ意味で使っている「モジュラー」という性質を、同じ曲線が持つとも持たないとも結論してしまった。これは矛盾だ。
矛盾の出発点は、「フェルマーの式に反例がある」という仮定だった。したがって、その仮定を捨てる。5以上の素数の指数について反例はなく、すでに解かれていた3乗・4乗の場合と指数の整理を合わせれば、すべての整数 \(n\geq3\) について反例はない。
これで、フェルマーの最終定理が導かれる。
では、100ページを超える論文は何をしているのか
ここまで読むと、「半安定ならモジュラー」という一文に、難しい部分を押し込めたように感じるかもしれない。その感覚は正しい。ワイルズの大仕事は、その一文を証明したことにある。
最後に、ここも少しだけ見てみよう。
曲線そのものから、点の対称性を記録する情報へ
楕円曲線の点には、足し算の規則がある。同じ点を3回足すと基準の点に戻るような、特別な点の集まりも考えられる。
こうした点の座標に現れる数の対称性を、行列という数の表に記録したものが、ガロア表現だ。証明では、この情報を仲立ちにして、曲線とモジュラー形式を比べる。
粗い情報の対応を、細かい情報へ持ち上げる
「ある素数で割った余りまで」の情報と、「その素数の2乗、3乗……で割った余りまで」の情報には、細かさの違いがある。
ワイルズの方法の中心には、粗い段階ですでにモジュラー形式とつながっているなら、適切な条件のもとで、細かい段階へ進んでもつながりが保たれると示す「モジュラー性持ち上げ」がある。
出発点には、ラングランズとタネルによる既存の定理を使える。主に3に関する情報から始め、そこから直接進めない場合には、5に関する情報と別の楕円曲線を使って橋渡しする。「3–5トリック」と呼ばれる工夫だ。ワイルズの原論文・序文と第5章
これは、大きな数まで順番に試す作業ではない。情報を持ち上げられるという仕組みを証明することで、無限の細かさを持つ対象について結論を出している。
二つの側で、可能な情報を同じものとして捉える
さらに中心には、よく \(R=T\) と表される結果がある。
\(R\) は、条件を満たすガロア表現の変形をまとめて扱う「変形環」。\(T\) は、モジュラー形式に作用する計算をまとめた「ヘッケ環」だ。「環」は、足し算と掛け算ができる数学的な仕組みを指す。
この二つが、必要な条件のもとで同じ構造を持つと示す。そうすると、ガロア表現の側で許される情報を、モジュラー形式の側からも捉えられるようになる。「曲線から得た情報にも、対応するモジュラー形式がある」と結論するための核心だ。
ここでは「二つの側で情報の可能性が一致する」と説明したが、実際の証明では、写像の性質や環の構造を厳密に調べる。テイラーとワイルズの共著論文は、そのために必要なヘッケ環の重要な性質を証明している。テイラー=ワイルズの論文・著者公開稿PDF
こうした仕組みを組み立てたうえで「半安定な楕円曲線はモジュラー」と結論できる。そこからフェルマーの最終定理へ進む最後の論理は、最初の図のように短く書けるわけだ。
原論文を開くなら、最初の数ページから
証明は秘密のままになっているわけではない。1995年の『Annals of Mathematics』に、次の2本が掲載されている。
| 論文 | 著者・掲載ページ | 読むときの目印 |
|---|---|---|
| Modular elliptic curves and Fermat’s Last Theorem | アンドリュー・ワイルズ、443–551ページ | 序文の定理0.4が半安定曲線のモジュラー性、定理0.5がフェルマーの最終定理につながる結論 |
| Ring-theoretic properties of certain Hecke algebras | リチャード・テイラー、アンドリュー・ワイルズ、553–572ページ | 証明を支えるヘッケ環の構造 |
主論文はラトガース大学のサイトにある全文PDFから読める。共著論文には、スタンフォード大学にある著者公開稿PDFもある。こちらは1994年10月7日付の原稿で、上の表に挙げた1995年の雑誌掲載版とは版が異なる。
主論文を開いたら、まず定理0.4と0.5の間を探してみてほしい。そこには、半安定曲線のモジュラー性が、フライ、セール、リベットの仕事を通じて、フェルマーの最終定理へつながる説明がある。
記号をすべて読めなくても、反例を仮定する → 曲線を作る → その曲線の性質が矛盾するという流れは追える。長い証明の中で、それぞれの研究がどの橋を架けたのかが見えてくる。